チーズの歴史搾りたての乳を ≪チーズ・歴史・生活≫

そのまま放置しておくと、自然に乳酸菌発酵をおこしながら脂肪が上層に浮上し、その下にタンパク質が乳酸で凝固したカードと、ホエイの3層に分かれる。

したがって、人類は家畜の乳を利用し始めた初期の段階から、バターやカードは容易に得ることができたと考えられ、その保存にはまず単純な加熱や乾燥、加塩などの方法がとられたに違いなく、現在の内陸一帯の遊牧民のチーズも、脱脂酸乳を加熱して得たカードに塩を加えて手で握るなどして、それを天日で風干しにしたものが多い。

紀元前3000年ごろのメソポタミアの粘土板文書にある記録をはじめ、同じころのオリエント一帯の遺跡から、小さな穴がたくさんあるチーズ製造用の漉し器と考えられる土器が多数出土しているほか、スイスの湖上住居文化遺跡からもその木製品が出土しているというから、酸凝固型のチーズはさらに広い地域に古くからあったことが考えられる。

ウシやヒツジの胃袋のレンネット酵素の発見の時期は不明だが、比較的後代のことのようで、考古学的には前900年ごろのカフカスのウラルトゥ王国の城の台所か
ら、ヒツジの胃袋の切れ端や穀類、干しぶどうなどの酵母が入った土器が出土している。

それらの製法はバルカン半島、多島海を経てヨーロッパに伝わり、ローマ帝国の発展とともに南からゲルマン民族へとしだいに広く伝播したものと考えられている。

チーズは、原料乳や風土、製法などの違いによって世界各地に多くの品種を生み出し、その数は600種とも800種ともいわれる。

たとえばモンゴルでは五畜の乳からクリーミーなものや干した脱脂チーズをつくり、フランスではウシやヤギやヒツジの乳から300種もの風味の違ったチーズをつくっている。

西欧のチーズ作りの技術は、ワインやビールの醸造とともに中世の修道院の力に負うところが多く、チーズの場合はとくにシトー修道会が果たした役割が大きい。

工業的生産は1851年にジョージ・ウィリアムズがアメリカのニューヨーク州で小規模なチェダーチーズの工場をつくってからのことで、70年ころデンマークのハンセンが精製レンネットを市販するようになってから、20世紀初頭にかけて工場生産が普及した。

プロセスチーズは1904年にアメリカでクラフトが製造を開始し、16年にチーズを加熱溶解して成型する製法に特許が成立した。
update:2010年02月15日